過去篇くらいのちっちゃい七緒と乱菊

 

 

 


 

「あんま泣きぃな。目ン玉溶けるで」

声をかけると、小さな肩を精一杯立て直して言う。

「は…いっ、ごめんな…さぃ」

ただ、一度堰を切ったものはひとしきり流れだすまでは止まらないらしい。なまじ普段滅多に涙など見せない子だから、自分が幼児のように(このこだって十分に幼児なのだが)泣いていることに驚き、混乱しているのだろう。自分の胸のなかで暴れるものの対処法も分からないに違いない。

(だからいつも我慢せんと泣け言うに)

七緒はよう泣かんとええこやな、という自分の常々の言動は、とりあえず棚に上げておく。

目下の問題は幼児の下の少女だ。

 

(びーびーうっさいのよ)

年長者の手前、しおらしく七緒を背負ってはいるが、本音の透けて見えるようなふてくされ方だ。

少女がこの子供を嫌いなのは知っている。弱い者が庇護されて弱いままでいることを許容するような、そんな寛容さは持っていないはずだ。

けれど、年長者としては思うところがあるのだ。

少女が必死で這い上がろうとしている場所は、必ずしもすがる手を捥ぎ離して進まねばならない場所ではないこととか、他者に差し伸べる手があることはすなわち余裕の表れではないこととか。なにより、このこどもが松本乱菊という靭い少女に、憧れを抱いていることとか。

 

(気づいてやりぃ、松本)

―――この子が泣いてるのは、膝をすりむいたからでも眼鏡を落としたからでもなく、アンタに迷惑かけてるいう不甲斐なさが悔しいからなんよ。