死にゆく人間特有の匂いがした。

 

 この施設は当然のことながら公開されていない。悪名高い刑軍が、傷つき倒れる様など誰にも見せはしない。四番隊すらこの場所を知らず、訪うのは十二番隊のいくたりかと、そこから籍を移した医療技術者だけだった。前軍団長の遺産である。

 この秩序を保つ歯車たれ、と。刑軍はその存在意義にかけて課せられている。瑕疵を見せぬは、誇りなどという生易しいものではなく、そうせなば同胞である死神を狩ることなどできはしないという、自身等に課した枷だった。

 

 近親者であれここに入れられた団員の行方を知ることはかなわず、ただ皓い布に包まれた残骸にあうことがあるか否か、それだけだった。

 ここに入った団員に見えることが出来るのは入団の決まったもののみ。

 砕蜂がそうだったように。

 ―――唯、そうなった弱さを愧じればいい。

 前軍団長は斃れるものを一顧だにしなかった。ただ、傷つくな強くあれといい、そして戦場ともなれば自らが真っ先に駆けていくのだ。部下が傷を負う暇もなく。

(そうして、わたしは死に損ねた)

 

 目前の部屋は灯を落としている。軍団長が訪ねることなど、誰も知らない。そう仕向けたのは己だ。

 霊圧は消さない。いつも。

 非常灯のさす仄暗いなか、端の架台に寄り、膝をついた。「有難う」呟く。―――すまなかった、助けてやりたかった、と。続けたいのを堪える。そんな言葉がのぞまれていないことを、知っていた。腕か額を撫ぜて、次へ渡る。

 包帯だけを皓く浮かばせた彼らは、たいてい目覚めない。意思にかかわらず、死の匂いを放って寄越すだけだ。

 

 彼らがそんなことを望んでいるのか、解らない。けれど、砕蜂は繰り返す。自分の下で死にゆくものたちに、手向けを。

 

―――これは、ただ、かつて己が欲しかった行為の拙い模倣だ

 

 愛児に似た彼らに祝福を与えずにはいられない。崇敬と飢餓という沼に肢を沈めながら。

 (満たされぬままで、かつての己に蜜を運び続けるこのエゴ)

 

 

 

 

 


みつばちそいほん