その男に抱かれるのは、自分の腕に顔をうずめるのに似ている。

 

そろそろと硬い腕が伸びてきて、否応を考える前に優しく包まれて、視界をふたがれる。自分のものではない匂いと体温を感じて、そしてそれを引き剥がされたときに、自分が自分であることを思い出す。

(求めたのは、誰かの腕の中で安堵することではなくて―――)

 

 「君は、とても静かなんだ」

 東仙は気配に敏い。何故こんなことになったのかという問いは、唇に乗せる前に答えを与えられた。

 「足音は勿論、匂いも、霊圧もない」

 「何物もわたしのうちを掻き乱さない」

 「ただ、存在するという安堵だけがある」

 

理由は与えられた。互いに情は抱かない。それでいい。情ではなく、ただひとつを求め続ける餓えが、そのために振るう力が互いを惹きつけているのだから。

 

 

自分と違うものにこんなに共感を抱くことを

もしかしたら愛する、というのかもしれない。双極の丘であの立ち姿を送ってから、そう思った。理解しようと思わずとも、理解できた。目指すものにどう近づくか、どれほどそれを求めているか、よく解った。こうしていて、何が足りないとは思わない。けれど、不意に自分の輪郭がぼやけたように、摑みかねることがある。傷口をあわせて互いの脈動を感じるように、空虚さだけを寄り添わせたあのおとこはもういない。

 

(多分、この胸にも男と同じような孔が開いている。)

変節したのは、たぶん自分のほうだ。百年を経ての再会は再生ではなく、喪失にこころを食われたうつわは、かたちを取り戻すでなく、ただ割れ口を変えてしまった。東仙は、なにひとつ取り戻さず、なにひとつ汚れていないというのに。

こうなることを、ずっと懼れていた。

 

「―――ときどき、気が狂うほどに貴様が羨ましい」

餓えと餓えのあいだで、自分の輪郭を知ることしかできなかったころ。ふたりながらに欠けた己を知っていて、なお互いを補うこともできない、歪な破片がふたつ。

自分の中では地に落ちて輝きを失くした星が、彼の中では永遠に煌き続けていると知ったとき、どうしようもない妬ましさを覚えた。 

 「貴様はもはや誰にも汚されず誰にも裏切られることがない」

 ―――誰かを裏切ることもない。

 

 「私を裏切れるとしたら、君くらいのものだよ」

 「………貴様を裏切らぬわたしでありたい

 

 

 

あのとき、聞こえるように言葉を返していたら、二人はここにこうしてはいなかったかもしれない。否、同じか。

 「きみを殺しても、わたしはなにもかわらない」

 皓いおとこは、相変らず欠けたままで、ただその切先をこちらに向けた。

 ああ、そうか。

 二つの魂が分たれて容れ物に注がれたときから、いずれ添えなくなるとは決まっていたのだ。

 

近づいても溶け合うことなどできないのだから。同じものを目指し、同じものを得て同じものを失うことなど―――

 「もう貴様を裏切らずにすむな、東仙」

 

願わくは。来世は同じからだを持って、一対の翅を持って生まれてこれんことを。

 

 

 


欠けたうつわに何を注いでも、満たされはしない。

 

サイト用に手直ししたけども、支離滅裂な自分用のほうがそれっぽいんだよなぁ。