ながらくblogに放置していた一品。 気にいらんっちゃいらんけど、もういいや。

 

 

グリ要ないし要グリ風の描写があるので注意。

 

 


 靴紐が切れた。

 コンタクト落とした。

 バイクにカフェオレの空き缶が載ってた。ご丁寧に、サドルには白いリング。

 犬に吼えられた(E320に乗ったチワワ)

 プレゼンのクライマックスで、ケーブルに蹴躓いてプロジェクタが落ちた。

 

 「―――あんた、ほーんとツイてないわねぇ」

 まるっきり他人事口調で、事務椅子を回転させながら声をかけたのは、販促課のチーフ、松本乱菊女史。

 営業部の部長の片腕なのだが、よくよくぞんざいな扱いをしている。

「乱菊さん。ほっといて下さいよ、もう………」

「いやホラ、構わないと死んじゃうかもだし。あたしが」

 それは退屈で、ということですか。

「――あと隣のビルのデザイン事務所の若いの、あの髪立てた、水色の。あれが電話掛けてきたのよ。『こっちは仕事してんだよ!! 静かにできねえのか!?』とかって。あれあんたが路上イベントのプレゼンやってたときだからね」

 あーあれ。確かに地中配管の共振動を使った『ドッキリ★貴女の隣に怪しい魔の手!! 救世主はあのイケメンレンジャー!?』のための企画で、実際試したからな…てか隣まで響いたんだ。よくよく安普請だなこのビル。

「で、電話に出れません、って言ったら夕方裏の公開空地に来いだってさ」

 はぁ?

「…貴女が煽ったんでしょう。受付でゴネられたくないばっかりに」

書類を回付しに来た伊勢さんがちくりと。針を放つが当たらない。

「んーやっぱ会社の前にあんなヤンキーいたら印象悪いじゃない?それに総務のアンタが矢面に立たされるのがヤだったのよう」

 嘘ばっかり。呟いて社員旅行の案内の束を渡す。ころん、とこちらに転がして来たのはソーダ味の飴玉。

「ガラの割に言ってることがまともなので、複数では来ないと思います。いきなり刃傷沙汰にもならないでしょう」

 そーすね

「でも、威嚇のために武器は持ってきます。きっと」

「たぶん鉄製物差しだわね。製図用の」

 乱菊さんが飴玉を噛みながら言った。伊勢さんと同じ、青い飴が引き出しの中に沢山ある。

「…下のほうに布テープ巻いて」

「上のほうにちょっと凹んだ跡がついてて」

「…………」

「……………」

「……………………そもそもなんで俺名指しなんです」

二人は顔を見合わせた。

「プレゼンの責任者ってたらアンタでしょ?」

「同族嫌悪じゃないでしょうか?顔は知っていたみたいですし」

二人は互いに咎めるような目で見詰め合って、おれは机に突っ伏した。勢いつけすぎたせいで、デコの下の飴玉が地味に痛い。

 やがて、揃えた声が聞こえた。

Good luck.

 運の配剤をしている天というものがあるのなら、こちらこそ裏庭に呼び出してやりたい所存。

 薄暮に、水浅葱の頭は奇妙に浮いて見えた。見立てのとおり、それらしいのは一人。

 歩み寄れば、件のヤンキー君が、相当早く来て待っていたらしいのがわかる。いまどき珍しい共有灰皿にsevenstarが山をつくっていた。

 (…仕事しろよ)

 そもそもが仕事に支障があるとかいう大義名分をもってこちらを呼び立てたのではなかったか。溜息をつきながら名乗ろうとすると、「アンタが檜佐木だな。知ってる」いいガタイなのに姿勢をゆがめているから、吊り上った眼は俺の鼻より下にある。それでねめつけてさえぎった。―――相手に主導権を握らせまいと、やたらと急き込んで喋るのはいい方法ではない。思ったが教えてやる義理もないので適当に頷く。

「こっちは仕事してんだよ。そっちがそっちで何やろうがしらねぇけど、最低限邪魔しねえっつうのは弁えとけ」

「テメェんとこで出した揺れのせいで、試作品が全部オシャカだ」

「おまけに電話口ではのらくら言い逃れしやがって」

 それは俺じゃない。

 投げやりな相槌の間で、けれど俺は戸惑い始める。こいつは一体何をしたいのか。落としどころがさっぱりわからない。

 損害の補償か。今後のリスクに対する保証か。それにしては互いの業務内容に関する具体的な話も意思確認もない。

 純粋に非を言い立てたいだけのクレーマーもいる。けれどこいつは俺のクライアントではない。気が済むまで聞いてやる必要はないし、まさか、聴く耳持たないと椅子を蹴ればそれで済む話だとわからないわけでもなかろう。 

 「――――で、」

 無理やりに口を挟んだ。いつまでも餓鬼の暇つぶしに付き合う義理はない。それこそこちらにはこちらの仕事がある。

 「おたくは何を望んでいるんだ?」

 これで「そんなこともわかんねぇのか!誠意が…」云々と言うようなら、正真正銘がなりたいだけの暇人だから帰ろうと思っていたのだが。

 「………二度と同じような振動やら騒音やら、出したら承知しねぇ」

 至極真剣な口調で言うので、ほんの少しおどろいた。

 こういうとき、目付きの悪さというのは、必ずしもマイナス方向にはたくとは限らない。相手によっては、意志の強さと読み取ってくれることもある。そういうところが、自分の斜に構えたような表情と違う。

 とはいえそんなものに絆される人間でもない。

 「…と、言われましてもねぇ……こちらも隣のビルにまで影響が及ぶとは思ってませんでしたし。今回の企画にはまず外せない作品なんですよ。それを突然一切排除停止することはできない。それに、もし建物の構造上の欠陥だとしたらどうです?補填するべきは当社じゃないですから。ここで担当者レベルで話を進めるのも」

 「―――う」

 うだうだ逃げてんじゃねぇよ!

 気の短い(であろう)男が叫びたかったのは、そういう台詞だったろうが、遮られて情けない喉笛の軋みにしかならなかった。

 「グリムジョー!!

 水色の男だけでなく、俺も気を呑まれるほど凛とした声だった。

 褐色の肌の、痩躯が歩み寄ってくるところだった。敏捷な脚捌きで、伸びた背筋も褐色の肌に映える白い襟も硬い表情もそのどれもが堅苦しいほどに清い。

 グリムジョー――と今更に名前を知った――は、大仰に舌打ちし、猫がそうするように片頬を顰めた。その表情の中に明らかな焦りがあるのを見てとる。

 意外だ。

 いかにもという対照的な二人なら、グリムジョーのような不良タイプはその対象を蔑みそうなものを。

 褐色の男は後ろからグリムジョーの肩に手をかけてささやいた。

 ―――忠犬らしく振舞いたいのなら、獲ってくるものぐらい見極めることだ

 紛れもなく殺気の篭った一瞥と同時に、肩にかかった掌を払いのけて踵を返した。それを見送るでもなく

 「うちの者が失礼したようで。本来ならあれに謝らせるべきだが、代わって詫びさせて頂きたい」

 折り目正しく腰を折ろうとするのを押しとどめて、何で自分がそんなに慌てたのかそれも訝しくなる。

 「―――では。東仙要、です」

 上質の紙にくっきりとした型押し。名刺を出すのにも流れるような所作だった。改めて眼を伏せて、もう一度あげる。そしてようやっと気づいた。

 この男は盲目だ。

 美しい動きもこちらとの距離のとり方も完璧だった。だから今更に気づいて慌てる。そういえば名刺もまだ返していなかった!

 ばたばたと、優雅さと社会人としてのマナーとはおよそかけ離れた状態で名刺を差し出す。

 「どうも大っ変失礼を…! 隣のビル ソウルの檜佐木――――…ぁ」

 目の見えない相手に、紙切れを渡してどうするっつーんだ

 「頂戴致します。―――ひさぎ、さん?」

 「あ、はい」

 つめのかたちが、これまた綺麗だった。

 「檜佐木、何さんと言おうとしたんです?よければ」

 こんなにしどろもどろになったのは就職以来初めてかというぐらいに無駄な汗をかいて、やっと本題らしきものに近づいた。腰を落ち着けたのはこちらのビルのカフェ―とは名ばかりのしょぼい椅子の並ぶ飲食コーナー。

 「―――さて、まずはじめにお話しておきたいのは、こちらが御社に対して与えた影響というのは当社にとってまったくの想定外だった、てことなんです」

 「現に、社内で模式図を造って行った実験では、隣室にすら影響を及ぼさなかった。また、本番は野外での実施になりますから、利用する―振動を与える配管の種類・太さ慎重に選定しました。もっとも限定的に、効率的に、結論としては周囲に余計な迷惑を被らせない波長・振動数を計算したつもりでしたし、特に今日もビルの構造躯体には一切触れていない。なのになぜ起こってしまったか、こちらも困惑しているところです」

 「限定的に、効果的に」

 盲目のこの男は、考えをまとめるときも、瞑目する、ということがないのだと改めて思う。色つきのグラスの向こうで、おそらくは必要のない瞬きをするのは、 マナーという一種の擬態だ。

 「つまり、わたくしどものビルで起こった騒ぎと、こちらの実験の間には、因果関係がないのでは、と?」

 「誠意がない、と謗りを受ける覚悟で言いますが、単に同時刻に同種の何かが起こったというだけでそう断定するのは早計ではないか、と。――――勿論可能性は否定できませんし、原因究明にお役に立つならばいくらでも協力させて頂きます」

 「こちらとしても、現段階で、居丈高に『企画を止めろ』とは言えませんよ。

 そういう意味でもうちの者の先走りは改めてお詫び致します」

 左右対称に整った顔は、僅かに眉根を寄せて伏せるだけで沈痛な面持ちになる。その痛ましさにさらに掻き乱される。

 「いえいえいえっ最終的に貴方に出てきて頂けたわけですしっ……で、そちらの被害というのはどういう?」

 「生体を使っての実験中だったのですが、固定前のサンプルがすべて損傷。データとして使い物にならなくなりました」

 「…それは」大変な被害ではないのか。いや、具体的な数量も単価も聞いていない。的外れな罪悪感に引き回されるな―――しかし、実際に作業に携わる人間として、手掛けたものが水泡に帰すあの瞬間というのは、なんとも耐え難いと知っている。

 けれど、

 「あの、実験、というのは?デザイン事務所と」

 名刺にはただ固有名詞らしい企業名があるだけだったが、乱菊さんが言わなかったか、「向かいのデザイン事務所」とか。

 「ああ、デザインといっても生体やナノレベルでの工学的作品のデザインですから。

 たとえばAIDSの対処療法として免疫機構を肩代わりするナノマシンや、ある特有の構造を持った化粧品の材料のことはお聞き及びでしょう?そういったものに、特許番号代わりに企業のロゴや固有の振動数を持たせることでコピーを防止する、そういうことを手がけています。

 本来ならそういう精妙な実験はしかるべき隔離施設を用意して行うべきことだったんでしょうが」

 へぇ。

 それは似つかわしく思えた。このひとは自分に見えない世界を見ている。

 「さて、長らくお時間を頂いてしまい申し訳ありません。

 恐縮ですが、今日実施したものの諸数値と、今後の実施予定を頂けるでしょうか?念のため確認してみたいのと、用心のためなのですが」

 

 「実施予定はすぐに、ただデータは…」

 思わず詰まる。あれはまだ発表していない。やり方次第では無限に応用可能な技術になるはずの。盗まれることを危惧するでなく、開発者としてまだ手放したくないという思いが先立つ。

 「社内調整が必要ですので…すぐには何とも……」

 端正な男はあっさりと頷いた。頬には微笑さえある。

 「ではご検討願います。―――私としては、原因が解って対処方法が解ればそれで満足ですから」

 ああそれと、と隣のビルの入り口まで来たところで東仙は言う。

 「ここから駅へ300mの位置で水道工事をしているのをご存知ですか?」

 いいえ?何故突然、と俺は相当頓馬な顔をしたと思う。

 「では、このビルの躯体基盤と接するかたちで―ちょうどその空き地の真下ですが―貴方のビルの浄水槽と貯水槽があるのは?」

 「―――っ!? いえ、まさか」

 まさか、と言いながら眼裏には振動を与えられて漣だつ水面のイメージがくっきりと浮かぶ。別方向から来た波紋がそれと衝突し、ある場所で相殺し、ある場所で増幅するのも。

 「お気になさらず。すべて仮定でしかありません」

 

 最後まで折り目正しく、東仙はガラスの向こうに消えた。

 

 「コレ、やっていーモンなんか…」

 企画書を手に、呻吟する。出来る前ならともかく出来上がった企画書を前にして呻吟するのは俺としては珍しい。ただ確かに危険な技術かもしれない。周囲の状況次第では、街を破壊しうる―――。

 「あぁっもう!ぐじぐじ悩んでんじゃないわよ」

 「―――のわ!!

 机に足をかけて斜めになった椅子を支えていたそこを、力任せに向き直させられたから堪らない。思い切り仰け反って一瞬後に重心を移すことで何とかひっくり返るのを支え、勢いで浮きそうになる椅子を片足突いて支えるコレが半回転。

 「何すんですかちょっと!危ねー」

 ようやく安定した視界に乱菊さんの谷間があった。

 「何すんですかじゃないわよ。うっとーしーわね!さっさと解決させなさいよ」

 「や、それが出来れば―――」

 「出来ればって、アンタが悩んでんの所詮技術部分じゃない。だったら技術屋雇って問題つぶせば済む話でしょうが。可能性にヘコまされた振りしてんじゃないわよ」

 仕事をする人間はどこまでもさばけている。誰かが立ち止まれば、どやしつけてでも足を運ばせねばならない。でないと全体が停留するからだ。そんな原理は抜きにして、手を引いてくれたことがうれしい。

 「―――あ」

 「社内で解決できないってんなら、仕方ないじゃない。社外に当たるとか。その東仙さんだって、解析できると思ったからデータ寄越せっつたんじゃないの?―――せしめようとかそんな魂胆がなければね」

 最後の一言はほとんど耳に入らなかった。

 「そっすよね!スンマセン!!まったく気づかなかった!すぐ法務に申請書出してあっちに申し入れして貰います!」

 出願前の技術とその公表はひどく扱いが難しいと言うのに、そのとき俺は心底浮き足立っていた。だかだかだかだか、とキーボードを鳴らしながら、乱菊さん、と声を張る。

 「オレ、今日はそこまでツイてない1日じゃなかったって気がしてきました」

 脳裏の、穏やかな微笑。綺麗な指先、そんなものが眩い。

 「―――…そう」

 だから乱菊さんの声がいやに硬かったことなんて、気づきもしなかった。

 

 

 俺の浮かれ気分が破られるのは、申請書が受理されてから3日後。都内同時に3箇所の大学病院で起こった施設崩壊のニュースを聞いたときだった。

 

 

 

 

 

 

 「―――長かったじゃねぇか」

 グリムジョーが不機嫌そうなのは常のことだ。東仙の前では特に。だから無視して通り過ぎる。子供のご機嫌取りは必要なときで沢山。

 エレベータは、改装を重ねたこのビルらしく、さほど新しくもなかった。監視カメラもついていない。

 東仙を見送って閉まったドアを蹴りつける、かと思われたグリムジョーはしおらしく乗り込んできた。退社時刻を過ぎた中途半端なこのタイミング、上りを利用する人間は少ない。

 「なあ、アイツに何言った」

 「別に。こちらとの利害関係をはっきりさせておいただけだ」

 微温ぃことしてんじゃねぇよ!そんな風に怒鳴りたいのだろう。いったん敵と認識した対象には、掴み掛かって牙を剥かずにはおれない性質だ。―――それが今回は役に立ってくれた。当然、うまくいく。

 「―――!」

 背を向けていた肩を掴まれて、振り向かされる。殴りつけるつもりかと思えば、唇に噛み付くようなキス。―――今日に限って言えば、拒む理由はない。

 耳の後ろに指を差し入れて、漉いてやる。舌を抜くときに、下唇を舌の裏で撫ぜる。ざらついた奴の舌と違って好きだと、前に言っていた。

 「は」

 「いいこだ」

 向き直った瞬間、ドアが開いた。

 「今日はもうあがっていいぞ」お外で愉しんでおいで。抱え込もうとする腕をすり抜けて廊下に降り立つ。入れ替わりに乗り込むスーツの群れに阻まれて、子供は動けない。

 「お前は役に立ったよ。ウルキオラを通して煽った甲斐があった」

 呟きは多分聞こえない。それでいい。

 ウルキオラに言ったのは、今日の”事故”で東仙の研究が迷惑を被ったと嘆いていた、と。それは隣のビルの実験によるものだ、とグリムジョーに伝えておく、それだけだ。それだけであの一本気な子供は獲物に向かって奔っていった。「獲ってくるものを間違うな」と、言いはしたが、もとよりあれが一人で目的のそれを獲得できるとは期待していなかった。―――明らかに危険に思われる者が来れば、獲物の警戒心がそちらに向かうのは道理。後は警戒心を解いたそれが果実を差し出すのを待つだけでいい。

 「―――おかえりなさいませ」

 エアシャワーの向こう、リノリウムの壁ほどに白い顔が挨拶する。

 「ああ。―――それと、今日は有難う」

 何のことでしょうか、と手は休めずに聞き返す。

 「グリムジョーに巧く伝えてくれた。かれは良くやったよ」

 東仙に顕微鏡は覗けない。分析器が今日新しく生まれた検体の構造を読み上げるのを訊き、改良点をプログラムしていく。シミュレータはそれを受けて勝手にテストを走らせる。

 「ひとつお尋ねしても?」

 キーボードの上を移動する指には迷いがない。そういう風に、彼を育てたのは自分たちだ。

 「何故間に俺を?あなたが直接指示を出さなかったことには意図があるのですか。

 あるいはそもそも、俺があの会社へ交渉に出向けば同じ結果が得られたと思います。わざわざ貴方が出向かなくとも。あえてそれをなさった理由は?」

 「かれは私の指示では動かない。かれが望むのは私を屈服させることであって、私の役に立つことではない。したがってわたしが彼に指示を出すのは、結果を望む立場から言えば論外だ。―――今日は自分が先に敵の首を持ってくれば私が膝を折ると思って走っていったんだろう」

 「理解できません。俺たちは目的を達成するためにあって、その過程であなた方の指示に従うことは当然その存在意義に組み込まれている。それが出来ないのは欠陥では?」

 「欠陥があっても使えればいい。望むものがわかっていれば、それを使って彼に結果を出させることが出来る」

 その点では、この子供のほうがよほど心配だった。純粋で有能で屈折していない代わりに、何も望むものを持たない。

 (あるとき、それがわたしたちの予想できないかたちで現れれば、それを制御できなくなるかもしれない)

 「―――2番目の質問に移る。お前は確かに交渉によって結果をもたらすことが出来る。ただ、それ以上のものを継続的に得るのは、私のほうが得意だと考えたからだ」

 「それ以上?」

 「いや、それ以外、と言ったほうがいいだろう。言語による指示は、緻密になればなるほど厄介な限定を伴う」

 "Aを差し出せ”という指示は"A以外を差し出す必要はない”という指示と表裏をなすし、"A以外を差し出してはならない”"A以外を差し出せば他の義務を措いていい”という、言及していない項目についての限定がそっくり抜け落ちる。

 「であれば、一定の共通認識の下に、曖昧な限定のなかで相手に自主的に差し出させたほうがいい」

 「成程」

 陶器めいた顔は、頷く。

 「―――3番目の質問です。貴方は自分の望みを正確に知っていて、この活動は過たずその望みに近づくものなのですか」

 望みを持たないこどもは、何を揶揄しているわけでもない。疑問は疑問であって、何もその問いを濁らすものはない。底が見えないと澄んだそれを恐れるのは、愚かだ。

 「ああ」

 わたしの望みは。

 「勿論」

 とうに答えを決めた問いだ。何も揺らぎはしない。ことばにすることで、何かが損なわれるようなものでもない。

 「わたしの望みは正義を貫くことで、そのための手段はすべてここで揃いつつある」

 

 

 


この東仙は藍染っぽくてたいそう嫌な感じですね

 

 

大山猫は "ボイオテイアの大山猫"です。タイトル探して澁澤龍彦『幻想博物誌』捲ってて決めました。詳しくは調べていただくとして、特筆すべきは"大山猫の内臓は魔女が媚薬の原料に使う"ってところでしょうか。びば せくしー統括官。