「―――七緒さぁ、警察官になればよかったわよね。交通課の」

 「何です、藪から棒に」

 疲れているのに。

 裸の肌に、こんな色気もへったくれもない会話は似合わない・・・はずなのに。―――女同士の睦事に情念だの至上のエロチシズムを謳ったのは誰だろう。経験のある女性じゃないことだけは確かだ。実際は勿論もっとずっと即物的で、現実はいつだって概念の後ろを跛行する。

 「だって『スピード違反です!』って言って目一杯走れるじゃない。猛スピードで」

 「わたしはスピード狂じゃありません」

 「もののたとえよ」

 嫌よ嫌よも好きのうちーと妙な節をつけて歌いながら、床のバッグを探り始めた。何でもいいけど、大人しくしてくださいよ。シーツが引っ張られて寒いし、それに

 「さて、」

 そんな、得意げに見せびらかしたって読めませんよ?今眼鏡外してるんですから。

 「うるさい。―――さて、来週末、私はここに行きます」

取り出したのは上質紙のチケットだ。年がら年中浮かれたイベントをやっているテーマパーク。わたしは学生のころ一度行っただろうか。方向音痴の友人の道案内と、はしゃぐ人間をいかにして門限内に連れ戻すか、その計算に終始していた記憶しかない。

 でもきっと、楽しみたいと思っていたし、楽しかった。

 「七緒も来なさい」

 抗議は、シーツごと抱きしめられてふさがれた。肌で熟した煙草の匂いと、体温。シーツの硬さは、すぐに肌のあたたかさにとけて、二人の境界を紛らわす。外気に強張ったからだから、ちからを抜く。

 「うんと、楽しむんだから」

 ―――アンタが文句言う前に。一人じゃ遊べないのばっかり択んで。

 わたしはきっと素直に嬉しさを表現できずに、欲しいものをほしいといえずにいるのに。

 ―――その全部に、アンタを引っ張りまわすからね

 そこでもきっと、わたしは小言を零すのをやめられないで、あなたは、こどものようだと恥じる前にわたしの手を引くのだろう。いつも当然のような顔をして、楽しいものもそうでないものも両腕いっぱいにしてくれる。

 

 (いとおしいのは、たのしさとあなたと一緒に居ることと、あなたに思われるその瞬間だ)

  わたしが、今まで切り捨ててきたもの。このあたたかさ。わたしはそれを独占する権利が与えられていて、けれどわたしには不相応に思える。

 等価交換の計量測定しかやってこなかったわたしは、無条件に与えられる幸せをどうしていいのかわからない。応え方のわからないわたしは、それでも今までの生きかたも乱菊さんのくれる笑顔もどちらも捨てられなくて、結局甘えてばかりいる。

 ころん、と雫がこぼれた。シーツにくるまれたままの顔は水滴にも冷やされることなく、ただ肌のあたたかさを感受する。それでも気づかれたくなくて、寝ぼけた振りで顔を伏せる。

 「ななおー行くわね?」

 声は出せない。伏したまま、肯いて答えた。

 (わたしはなにが返せるだろう)

 対等でありたいのに、対等であろうとしてもらってばかりで。

 「よし」

 満足げな声とともに胸の圧力が消えた。

 「あと、あたし明日起き抜けにコーヒー飲みたいー」

 

 手放せない。それだけが確かで。

 コーヒーを飲みながら、あなたと話をしよう。

 

 

 


うーん。。。消化不良

 

とりあえず、翌朝「別にアンタはそのままでいいわよ。ちょっとあたしのぐーたらを見逃してくれれば」「仕事は別です」とか言って元の木阿弥のがオチだと思ってください。