唸りをあげる太刀に、なびいた袖が裂かれる。

 黄昏。夕凪は私たちのこころを鎮めはせず、ただ燃える朱のひかりがぶつかりあう彼我の境をあわくかすませる。

 闘いに理由は無い。此方と彼方、異なる陣営に身を置いたは、例えばわたしが女であれが男だったという状況の違いに過ぎず、さらに言えば男よりもヒトよりも闘鬼であったあれにしてみれば、私が他者を殺し得るというその一点で挑むに値しただろう。そしてわたしも応える剣士だった。それだけだ。

 「この宗通を前に逃げるかぁっ」

 咆哮はわたしの膚(はだえ)の下の熾火を掻き立てる。狂気は狂気によってしか掬われない。声に宿る狂喜を隠しもせず、私ももはやそれを厭わない。爆発するような哄笑に、利き手の曲刀を構えなおした。

 左手の細い刀は太刀の一撃に容易く折られる。男のしなやかな筋肉と螳螂めいた体躯は、わたしのそれを上回る。致命傷となる一太刀の間に、わたしは何をできるか。

 男は太刀を振りかざす。袈裟懸けに胴を裂くはずのそれを避け、腰を折って駆ける。背に回って跳躍。廻らそうとする首に叩き込んだ右手の鎧通は空しく弾かれて、弾丸となったわたしの軌道を歪ませる。着地と同時に追いすがる刃にこめかみを潰される錯覚。

 ――――!!

 睫毛を掠めた光跡に三の太刀を避けたのだと自覚、反った背筋も折れよと転がる刹那に太刀の棟区を蹴り上げる。陸に上がった魚さながら銀を弾いて刀身が跳ねる。身を起こしざまに暗器を放つ。

「っかはぁあ」

 跳躍して二歩の距離、投擲した針を打払う刃唸りは近い。間隙を縫って突き、しかしそれは浅く肋を掠めるのみで、跳ねた針の欠片に眇めた目のなか相変わらず男は笑う。返された横薙ぎの一閃は捻ってかわすが追撃の前に小手を狙った此方も半身を引いて逃げられる。右に一歩。左の空手に迫られ逃げ場が無い。地に右手を突いて手首と喉へ踵を叩き込む。呼吸が。反動のまま低い姿勢で一回転、逆手に握った鎧通に手応え。しかし振り向いた先に膝頭―――

 ――――!!

 地に叩きつけられて見上げた空は既に紫紺。身を起こせば、正確に此方の鳩尾を突いた男も、白痴のように笑いながら臑を濡らしている。紅はもはや識別できず黒く沈んだ照返しばかり。醜く咳き込みながら、哂って見せてやった。

 「…傷をつけられたは、久方ぶりよ……」

 あぁ。恍惚とした表情は血に濡れてこそ映えるだろうに。宵闇が惜しい。

 思えば、男の痩躯は常に他人の血を滴らせていた。それは強さの証でも有り、同時に死を忌避する世の習いへの決別でもあった。―――私はそれに憧れを抱きすらした。

幼い頃に野伏の群れに買われたわたしにとっては、殺戮は世過ぎの手段に過ぎなかったが、やがて自分が忌まれる存在と知ってからはわたしを許容しない神仏よりも強さこそが信奉すべき対象となった。神官や僧侶は殺しを罪業と名付けはしたが、そこから私を救ってはくれなかったからだ。わたしは素直に、糧を得られる手段の方を択んだ。

 仲原宗通という剣士は、どちらとも違った。信仰を捨てず、しかし崇拝したのは強さ。敵を斬ることを至上の悦びとして、生きる。わたしは生れ落ち、生き延びるために力が必要だった。宗通は強さを極めるためにだけ生きる。あれの味わう法悦をわたしも望んだことがあり、しかし己の死をも顧みない無差別の屠殺は、結局わたしの中で意味を成しえなかった。唯いまは、どんな倫にも教義にも傷付かない宗通が羨ましいと思う。

 五体満足では帰れない。これは殺し合いだ。勝者はなく、生者だけが残るだろう。二度と剣を握ることのできない。

 「もっともっともっともっと!! 己を愉しませぬかぁっ」

 呟きは狂気を孕んで大きくなる。自らの声に煽られて闘争心はますます盛るようだった。わたしはこの一戦を捧げる神を持たない。ただ、負けぬ技量がわたしの誇りだ。

 「…今のうちに愉しんでおかれませ」

 口元が歪むのは、わたしも歓喜のうちにあるからだ。

 「―――二度はございませぬゆえ」

 抜き身の刀はわたしの爪。砂に抉られた手の甲に宵風は冷たい。胎の中ではこんなにもこころが燃えているというのに。

 「はぁっは!毛筋一本も残らぬほど刻んで 食ろうてやろうに!!

 

 私たちはともに獣だ。これ以外に交歓の術を知らない。

 

 

 

 

 

 


文体も人物も如何でもいい。 戦闘シーンだ!野郎ども!!

 

っていう感じだった。