公僕に大晦日など有りはしない。

わかってはいても、寒い中詰所に控えていると行事の度に何か騒がずにはおけない世の中を呪いたくなってくる。

「さみーな」

熱燗の差し入れでもねぇの、と気心の知れた部下に漏らすのも、そういえば例年のことだ。

 

思えば、この職業、所帯持ちだからと優遇されることがない代わりに、小回りの利く独り身は何かと重宝―――ひらたくいえば濫用―――される。そういうわけで一昨年も昨年も今年も相手を持たない檜佐木は大晦日の晩にここにいた。

「さみー…」

余計に隙間風が身にしみる。

「うどんでも持ってこさせますか」

「何でうどん…」

「だって癪じゃないすか。騒ぐ連中が蕎麦屋を儲けさせてると思うと」

ぼやく部下たちだって、去年はきっと騒ぎの輪の中にいた。

 

「お前らが心配せんでも、うどん屋も諦めて店閉めて蕎麦食ってるよ」

夜勤明けに飲みに繰り出す馬鹿はあまりいないが、こういうときは浮かれてはしゃぐ奴が必ず出る。

そういう若い者の押さえも苦にならない歳になっていた。疎外された者が同類を探して祭り気分に追いつこうとするときには、阻害されたものたちの連帯をぶち切るか、別の捌け口を見つけてやらねばならない。たとえば虚退治とか。

東仙がいたころの慣習に則って、隊員の休みはバラしてある。ただ、そこにいるだけで空気を静謐にする隊主はもういない。押さえの利かない組織に残る前途は、崩壊だけだというのに。

「―――よし。教練だ。書類とウォーミングアップ終わったもんから前庭にでろ」

は?、と聞き返す三席に、お前は留守居な、と言いおいて席を立った。

屋外は冷える。吐く息は白く、夜気が死覇装に染入って筋肉を強張らせる。

持ってこさせた木刀の、なじんだ重さが胸のうちの何かを引き絞る。

「―――俺の、五十人抜きだ。殺すつもりで来い」

 

深夜、ともすれば零下を下回る寒風のなか、それでも木刀を数十合も振るえば躰は熱をもち汗が湯気となって立ち昇る。

再挑戦でも受けて立つぞ、と言っておいたのだが再起不能のものも多く、五十人には少し満たなかった。

 

また一つ、東仙の跡を拭い去った。

去年まで、夜が明けて彼が出勤してきた瞬間に、「今年もよろしく」と。そう声をかけられて自分の一年は始まっていた。隊員たちもそうだった。平素と何も変わらず、ただまた一年をこの人の下で過ごすのだと思っていた。漠然としたことばを、約束のように大事にしていたのだと改めて思った。

 

もうすぐ、この年が終わる。

目の前に伸びている連中、このなかの何人と、再び次の年を迎えられるだろう。ひょっとすると、欠けるのは自分かもしれない。確かなことは何もわからない。

(あなたのように、揺るがないものを抱き続けるのは無理です) 

 

檜佐木は祈る神を持たない。何に望みをかければいいのか、しらない。

それでも、新しいときがくる。

「明けましておめでとうございます」「おめでとー」「今年もよろしくお願い致します」

 

先の叛乱で何かを失ったものもそうでないものも、ともに言葉を交わす。この瞬間、新しい年はすなわち希望だ。

「檜佐木副隊長、今年も宜しくお願い致します!」

部下たちがいう。

「ああ」

これは約束だろうか。

「こっちこそ。よろしく頼むな」

 

 

 

 

 

 


この手には何も残っていないというのに