豊饒の地平

漫画感想

私が手をつけたと表明したものは大体出版社の経営か作家の能力か倫理観か寿命かの点で問題が出るので、だいたい完結してる作品しか挙げません。挙げないようにしてます(真顔)

『helck』1~3 七尾ナナキ

+ACALIA

 

魔界のとある国。1人の勇者の手によって、魔王が倒された。「もう魔王におびえることはない」と人間達が笑みで溢れかえっていたころ、魔界では、新魔王の座をかけて熱きバトルが繰り広げられようとしていた!!そこに現れたのはまさかの…!?

 

これは文句なしに面白いわ。

「どーせ最近よくある"SNSでウケた悪意なし意思なし戦略なし一ひねりギャグの累積”単行本だろう」と思って読んだらちがった!業も策略も伏線も盛り上がりもちゃんとある。お約束ひねりギャグではあるが内輪ウケではないし、大きな物語にそれが乗っかってるので飽きない。wonderがある。

キャラクターにちゃんと魅力があって、それが"設定"ではなくキャラクターの振舞いと行為の結果から生まれたものというのが、すごく真っ当。

 

今のところ全ての悪意がメインキャラクターの"外"にあって。―と書くと私のなかでは北村薫枠に入るのでウェッとなるんだけども。(アレ読んでると、てめーは善意100%のつもりだろうが十分に有害だよこの旧弊爺って気持ちにならない?) おそらくこの作者は無謬ではない無力なキャラが世界の誤りを正そうとして足掻く様を描くので大丈夫。たぶん。

いいの面白いからいいの。

『やじきた学園道中記』1~3+続編 市東亮子

 

腕っ節は天下一品、冷静沈着・篠北礼子と江戸っ子姉ご肌・矢島順子。彼女たちは千代田一の名門校、三葉学園の理事長から風紀を乱す「関東番長連合」の一掃をしてほしいとの依頼を受ける。しかし転入したやじきたコンビを待ち受けていたのは番長連合だけでなく、裏に潜む謎の影だった…。(略)個性派キャラクターが繰り広げる学園捕物帳第一巻、ここに見参!!

 

意外に大変面白く読めた。

意外というのは、私のほうにこれを楽しむ感受性がないと思ってたから。時代劇…は好きなんだけども、人情噺の過剰な精神論やら感動誘導が苦手で。。。あと、最近amazonの無料キャンペーンでレトロ漫画をよく読むようになって、やはりジャンルとしての洗練・発展ってあるんだなぁと痛感してたので(平たく言えばつまんない古典作品に多く出会ったと)。

 

…形式偏重・過剰さ・ご都合主義・突飛な設定は確かに多い。でもテンポや絵の魅力でさくさく読み進む。絵がうまいんですな。これは古い漫画(劇画除く)で稀有だと思うんだけど、ちゃんとマッスがある。今の漫画に比べればトーンの陰影は格段に少ないけど、画角も体型の個性も意識して表現されてる。よい。

あとこれはレトロ漫画の醍醐味なんだけども、ファッションに時代が現われてて面白い。ローラースケート履いてそうなショートパンツとかバブルらしい肩幅どーんなスーツ風セットアップとか。かわいい。長いプリーツスカート、実際はあの長さだと重たいし綺麗なAラインでないんだけども、そこは少女漫画補正で理想的なシルエットになってるのも◎ そして長期連載らしく、だんだん短くなっていくのも面白い。

少女漫画といえば、他の古典漫画ではしばしば作画崩壊するファニーフェイス枠もちゃんと描かれてるのに好感が持てますな。人体としてのバランスを崩さず線数を減らしすぎず、個性的な顔になってる。(古い漫画ではホントこの辺極端に手抜きされてること多いんだってば)

なお何故か扉絵は漫画ページ比であんまり気合が入ってない気がする。

 

懸案の翻案部分は。―――いや正直なんでこれを学園物でやったんだろう?とは思った(笑) でも確かにそのまま時代劇にしてたらこのペーソスは出ないよなぁ。何より女子の役回りが難しくなる。

 

なんというか愛すべき英雄譚かな。無敵の二人の活躍を、紙面のこっちからワクワクして見守る感じ。無敵とはいっても、課題に対して無敵ではなくて努力も謀略も救援もある。そこが俺TSUEEEとは違う。

 

これは一度読んでおくとよい漫画。……濃すぎて一回読めば十分!ってなるけど…愛好している人は折に触れて読むんだろうか。

あと、少しは勉強しろ高校生、何しに学校通っとるんじゃ―いや物語上の要請だっていうメタな都合はわかるけども―って気持ちになる(笑)

『シカゴ』1 田村由美

 

20XX年、東K市は直下型地震に見舞われた。自衛軍レスキュー班第四部隊のレイと魚住(うおずみ)は湾岸D地区へ派遣されるが!? 壮大な近未来ロマン!!

 

 

※感想じゃなく作者についての嘆きになった

田村由美好きだって書いてたっけ?小学生の頃から散発的にハマってたんですよ。俗情との距離を計りつつもその時代にあらまほしい個人の目覚めと足掻きを丹念に描く作家。漫画でドラマを描き続けてた人だと思う。

 

これは途中で終わってしまった漫画。ggったら"(本人のなかで)その時点でもう描けないものになっていて"打ち切りみたいなかたちで終わったらしくすごく残念。『巴がゆく!』の後継かな、命を預けあうshipsが描かれるアクション作品としてすごく面白くなりそうだったのに。ミステリ要素もサスペンスも策謀入り乱れての心理戦もアリの超大作になってたんじゃないかな。惜しい。

『巴~』は今読むとどうやったって古いと思うのな。絵は措くとしても、作中技術的なことや価値観や、登場人物の社会的地位の意味付け、日本の立ち位置etc. そのあたりをこの作品でクリアしてリブートできたらよかったんだけど…

 

『7seeds』は最初3巻以外未読、『イロメン』は未着手なので措くとして、これに代わって代表作が『とらじ』と『ミステリと言う勿れ』になりそうなの、すごく…忸怩たる思いを……いや面白いよ、面白いけどさ!―――何故苦手なのにデジタル作画するんだぁ!!!(そこかよ)

本当に、惜しい。

『あやしや』1-3 坂ノ睦

 

“これは、鬼と人とが同じ世に在る物語。鬼と人とは、決して相容れぬ……決して…相容れてはならぬもの也――” 『忍びの国』の超絶気鋭・坂ノ睦がオリジナル作品をひっさげてゲッサンに堂々帰還!! 挑むは「妖怪バトル」! 坂ノ睦の激しくも妖しい筆先が、その王道的ジャンルを――――革新する!!

 

 

佳い。

絵が抜群に面白い。筆勢を生かした効果線の面白さやよく練られた世界観に似つかわしい装飾紋。表情のよくわかる大振りな造型。建築物やファッションも所謂和モノをベースに民博にありそうな化外の造型を加えて魅力的な仕上がり。人間も鬼の造型もかっこいいんだ。そして差別化されてるので"顔が区別できない民"の私には大変ありがたい。

でもコマそれぞれの存在感がすごいわりにメリハリがあって見やすいんだよね。明暗のバランスもあると思うし。

そして群像劇としてとても優れている。誰か(よくあるのが主人公)のために動く/承認する誰か(脇役)ではなく、各々が各々の思惑と意思を持って動く。当たり前だけど、これがない*漫画多くてさぁ…

*主人公の価値付けのためだけに存在する脇役というパターンと、それぞれ意思らしきものはありそうだが描写量/説得力を欠くパターン(BLEACH)がある。

これは古びない面白さだなぁ。

『KISS×DEATH』叶恭弘

 

遠い惑星から地球へ流刑に処された囚人達が、5人の少女の身体を乗っ取り、逃走を図った!! 少女達の口腔内に潜伏する囚人を捕獲するため、男子高校生・戸津慎五の身体を支配した異星人“Z”だが、戸津は女性が苦手な体質で!?

 

 

すげぇオススメしにくい。。。でも残念(?)なことに面白いんだよなぁ。すごく才能のある漫画家だと思う。ただその才能の方向が Paul W. S. Anderson 系とでも言うべき…与えられた枠内で最っっ高のパフォーマンスを発揮するけど枠の設定が既存の俗情の要請から一歩も出ないというか……

ジャンプらしい、ヘテロ男性に都合のいい女体玩弄「ラブコメ」である。いかに乳尻下着とエロポーズを露出しつつ事態を転がすかにペンを賭ける感じ。女性は全て客体だし主人公に攻略されるか役立つかしか存在意義がない。女性キャラの活躍に目を瞠るものはあるんだけど。丹念に描かれてるんだけど…!

―――なんだけど、面白いんだ。設定・物語の起伏のつくりかたが巧い。まずもって"宇宙人が舌に寄生するからその除去のためにキスせねばならない"って、アホらしいけど納得するしかないじゃん(笑) この類のこじつけは山ほどあって、羞恥心がないから裸を見せびらかすとか主人公が女性を苦手だから裸の女性を迎撃部隊にするとか。

攻略のバリエーションも豊富だし物語の転換点となる女性陣の心変わりもちゃんと必然性があってreasonable。科学の部分でも、電磁力の応用や演算装置としての生体脳の利用、どれもアイディアも応用も面白い。

心理描写の点でも、囚人5人が一枚岩の集団でもないこと・さらに宿主の女子にも囚人に服従/反抗する、あるいは仲間を裏切るだけの利害の不一致とそれぞれの思惑がきちんと描かれていて非常にスリリング。

 

…なんだけど男女の非対称性とか社会構造の細かい描写とかで小骨が多くて、手放しで褒められないし勧められないんだよ~。せめて宿主が男女混合とか主人公と宿主が男女逆だったら…とか色々考えてしまう。今後に期待。

『七つ屋志のぶの宝石匣』1-2 二ノ宮知子

 

テーマは「宝石×質屋」!! 東京下町の老舗・質屋を舞台に、宝石のオーラが見える質屋の娘・志のぶ(しのぶ)とイケメン宝石外商・顕(あき)が織りなす、キラッキラの人間ドラマ。新・二ノ宮劇場の開幕です!!

 

あ、これ駄目。私には無理。Not for me.

あまりに戯画化された登場人物―なかんずく女性―の欲望とか、その他者からの承認至上な価値観―それを反転して主人公がちょっとズレた個性派みたいな設定―とか能力値=評価=正しさみたいな稚拙なたてつけが、私には合わない。

大きな謎やらあるので全編通して読んだら面白いのかもしれないけれども、その謎が気になるほど惹かれなかった。

 

同じく宝石ネタの皆川亮二『ADAMAS』に比べればオカルト要素が薄いのとファッションがマトモな分好ましいんだけど…