※絵はテキストに関係有りません。どう考えても。
電車で隣にざんぷ読んでるおっちゃんがいたらどうしますか。あまつさえちょうどそのページがBLCHだったりしたら!どうしますか!
いやどうもしないけどさ、しないけど気になるじゃないですか、単行本派としては!
いや追ってないので勿論今日のざんぷだけ見たって展開をわかんないんですけどね。でもわかんないなりに思いました。
師匠は凄いな。
最近村田先生とかそっちばっか見てたんですけど、彼らは絶対にクリーチャーの造形に必然があるんですね。着想は奇抜といっても、組合せの妙とかなんですよ。
トンボが人を襲う異常さ、哲学者が腕力に頼る異常さ、でもトンボであることは正しく読者に伝わる造形だし、人を食うための要素はきわめてコモンなものを選択してる。巨大な顎・鋭い脚・凶暴性の表現のための鬼や食肉獣の特徴をつき混ぜたものを描く。ごくごく一般的な論理に則った絵。勿論そのセンスや技術は卓越したもので、正直神だなって感じなんですけど。
師匠はなんだあれ、外連しかねーじゃねーか!もう気が違ってる(超褒め言葉)
本当、もうついていけなくてひれ伏すしかない。
…ところであの、禁句かもなんですけど、あの、我らが石田雨竜はいつ活躍…とか…
ところで何で花天狂骨が具現化してんのかわかんないんですけど、それはおいといてちょっと思ったこととか。
花天狂骨が具現化したとき二人になるのは勿論二刀一対の表現、っていうのが公式で正しい解釈なんですけど、そこに無理くり妄想をねじ込むとですね。
女性性の二面かなと。
西施と楊貴妃、ロリと熟女、みたいな理想の二律背反を表現するために、対照的な二形を描くのかなって考えてしまうのは、単に私が山口椿の雨月物語(新釈)が好きなだけなんですけどね。別にこれblchのまっとうな解釈としては成立しないし。だって師匠がこの後、花天狂骨の小さいほうを登場させるかどうかわかんないし、そもそも女性の二系に固執する必然性がないし。繰り返しますが山口椿が(ry